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3.2.2. センテンスレベル 症状その2:あいまい

科学論文がその他の書き物と決定的に違うことは、そこに書かれる情報が常に具体的でなければならないという点です。「恋はダイナマイト」だとか「ニッポンの未来はウォウ、ウォウ、ウォウ」だとか、具体性のないあいまいな表現を科学論文の中で使うことは許されません。科学論文では、誰が読んでも一通りの解釈しか成り立たないような文を書く必要があるのです。具体的に、具体的に。念仏のように毎日唱えてもいいくらいです。それでも分からない人は「具体的に!」というタトゥーをおでこに入れてください。それくらい重要なことなのです。

まずは簡単なエクササイズから始めましょう。以下の例文はいずれも「たこ焼きA」について説明した文です。この中で具体性が最も高い文はどれでしょうか。

1.たこ焼きAは、たこ焼きBの2倍重い
2.たこ焼きAは、たこ焼きBの2倍売れている
3.たこ焼きAは、たこ焼きBとは違う
4.たこ焼きAは特徴的だ
5.たこ焼きAはマジでヤバイ

一目で明らかですが、1番と2番は、他の意味に取り違えようがなく、具体性の高い文と言えるでしょう。一方で、3番と4番だとグレーゾーンで、何がどう違うのか、何がどう特徴的なのか、この文だけでは具体性にも説得力にも欠けます。最後の5番に至っては、たこ焼きAがうまいのかまずいのか、良し悪しの判断さえもできません。

このように、日本語の文であれば、その具体性は一目瞭然ですね。ところが、英語で文章を書く段になると、ついつい3番・4番のようなグレーゾーンの文あるいはそれ以下の文を書いてしまう人が多いのです。私も英文校閲をする中で、「もう少し具体的に」というようなコメントをこれまで何度書いたか分かりません。

あいまいな文とは
「あいまいな文」とひとことで言っても、その症状にはいくつかのパターンがあります。これまでの私の英文添削経験上、「あいまいな文」は少なくとも以下の3つのパターンに分類できそうです。

1.使っている単語の意味があいまい
2.ことば足らず
3.指示語や関係代名詞の指す内容が不明瞭

順番に見ていきましょう。

使っている単語の意味があいまい
Mutations as diverse as W100K and W100L in Protein X are known to cause cardiovascular disease.

上の文は、ある知り合いの教授が書いた文です(内容は変えています)。見ての通り、下線を引いた"diverse"の意味するところがまったく分かりません。"W100KやW100Lのようにdiverseなmutations"とは一体何のことなのか、おそらくこの文を書いた本人にしか分からないでしょう。彼の研究室の関係者の方に聞いてみたところ、ここでのdiverseの意味は、「タンパク質Xの100番目のトリプトファン(W)で見つかっているアミノ酸置換変異には、疎水性のアミノ酸から親水性のアミノ酸まで、大きなアミノ酸から小さなアミノ酸まで、さまざまなものが知られていて、それらのいずれもが病気を引き起こす」ということでした。diverseというたった1つの単語にこんなにもの熱い想いが込められていたのですね。あまりにも乱暴で杜撰なことばの使い方だと言わざるを得ません。また、W100KとW100Lというたった2種類の変異の例だけ挙げて、"diverse"だというのは説得力にも欠けます。

上の例文でのdiverseのように、単独ではほとんど具体的な意味を成さないあいまいな英単語はいくらでもあります。ごく一部だけ例を挙げると、different, unique, common, distinct, characteristic, unusual, general, normal, effective, specific, effect, action, change, affect, alter, regulateなどです。このようなあいまいな単語を使う時は細心の注意が必要です。例えば、uniqueという単語を使うならば、何と何を比較してどのようにuniqueなのかを文中あるいはその後に続く文の中で説明する義務があります。情報を補い、根拠を示した上で単語を使うことが大切です。

ことば足らず
あいまいな単語を不注意に使う人には、同時に「ことば足らず」になる傾向もみられます。あいまいな単語を使った上に、情報を補うことを怠るがために、あいまいさに拍車がかかるのです。以下に、ことば足らずな例文を示します。

Recent studies have elucidated that phosphorylation plays an important role in the control of the XYZ protein.

「タンパク質XYZのコントロール」だけでは、一体タンパク質の何をコントロールするのか不明瞭です。タンパク質の発現量なのか、活性なのか、安定性なのか、あるいは細胞内局在なのか、具体的な情報が何も書かれていません。

次の例文も同様です。

Dimerization of single-pass membrane receptors is essential for activation.

受容体の二量体化が何の活性化に不可欠なのか分かりません。受容体自身の活性化のことを言っているのか、受容体の下流シグナル伝達の活性化のことを言っているのか、何も情報がありません。

最後にもう一つ。

This receptor possesses a unique amphipathic motif in the extracellular domain.

何と比較して"unique"なのか不明ですし、ほんとうに"unique"なのか説得力もありません。"unique"だけではなく、differentやunusualなど、何かと比較してはじめて意味を持つ単語を使用する際は、その比較対象について同じ文中かその文の前後で言及しなければなりません。

指示語や関係代名詞の指す内容が不明瞭
Itやthisなどの指示語を文中で使う時の注意点は解説済みです。もう一度同じ例文を使います。

JAK2 is a relatively large protein composed of 7 Janus homology domains (JH1-7). The JH1 domain is a kinase domain that has two conserved tyrosine residues in its activation loop. It is closely related to the kinase domain of the receptor tyrosine kinases that belong to the epidermal growth factor family.

この例文では、下線を引いた"It"の指すものがJH1 domainなのかJAK2なのか、あるいはactivation loopなのか、分かりません。このように、it、this、theyなどの指示語を単独で使うと、その指示語が指す内容が分かりにくくなるおそれがあります。ですから、例文のような指示語の単独使用は避け、this domainとかthis protein kinaseなどと、もう少し情報を補った上で指示語を使うとよいでしょう。

同じことが、関係代名詞を使う際にも言えます。次の例文を読んでみてください。

This tryptophan residue facilitates the dimerization of the receptor by forming a hydrogen bond with the TM helix interface, which stabilizes the receptor complex.

下線を引いた"which"の指すものは、一見したところ、直前のthe TM helix interfaceのように思えますが、それでは意味が通じません。おそらく、このwhichはa hydrogen bondを修飾しているのでしょう。このように、関係代名詞と、それが修飾する単語との距離が開けば開くほど、読者の混乱や誤読を招きます。原則として、関係代名詞は、修飾する単語の直後に置かなければなりません。上の例文のようにそれが難しい場合は、思い切って2文に分けましょう。あるいは下記のように、"~, resulting in~"や"~, leading to~"などのお決まりのフレーズをお尻につけて文をスマートにまとめることもできます。

This tryptophan residue facilitates the dimerization of the receptor by forming a hydrogen bond with the TM helix interface, resulting in (leading to) stabilization of the receptor complex.

あいまいさに気づこう
自分の文章のあいまいさを直すためには、まず自分の文章があいまいであることを自覚しなければなりません。

そのための方法としては、「書いた英語を和訳してみる」のがおすすめです。和訳すると言っても、わざわざ紙に日本語を書き出す必要はありません。英文を見ながら、その和訳をぼそっとつぶやくだけでいいのです。日本語であれば、先ほどの「たこ焼き」の例文のように、文の具体性を自分で判断しやすくなります。この際、グーグル翻訳を利用してみるのも一つの手です。あえて不自然な直訳風の日本語に訳させることで、元の英文のあいまいさに気づきやすくなることがあります。

調べ物が大事
あいまいさに気づけたら、その英文に修正を加える必要があります。この際、単語やフレーズをちょこちょこっと付け加えたり言い換えたりするだけで文を改善できるのならばラッキーです。しかし、論文執筆経験の浅い日本人研究者の場合、文全体を丸ごと見直さなければならない状況が頻繁に出てくるでしょう。これは、初めから書き直すようなものなので、非常に大変な作業です。伝えたいことは分かっているのだけれど具体的にどう伝えていいか分からない。とてつもない苦痛です。だからといって、「あいまいな文」をそのまま放置してはいけません。また、自分で勝手な英語表現を"発明"してもいけません。重要なのはインターネットや書籍を使って、的確な表現を徹底的に探すことです。絶対に手を抜かないで下さい。この調べ物をどれだけ真剣にやるかでライティング力向上のスピードが変わってきます。ソースを自分の中で明確にした上で自信を持って英語表現を使うようにしましょう。Molecular Biology of the Cellの英語版など、英語で書かれた教科書は、文法的にも正しくて簡潔かつ具体性のある英語表現の宝庫です。お気に入りの教科書を見つけてぜひ活用してください。

〜まとめ〜
・誰が読んでも一通りにしか解釈できない具体的な文を目指す
・あいまいな単語を使う際は要注意
・ことばを十分尽くして具体的に説明
・指示語や関係代飯の修飾するものを明確に
・英文を和訳して不自然さに気づけ
・調べ物を徹底的にする

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