4.1. 権威主義を捨てよう
添削指導をする中で、私が「この表現は分かりにくいね」などとコメントすると、次のような言い訳をする人がよくいます。
「私の指導教官もこのように書きます」
「この分野の第一人者であるXさんもこのように書いています」
「僕の分野ではみんなこう書くんです」
自分の尊敬する人たちの書き方をマネたわけだから、間違っているはずがないだろう、と本人は思っているわけですね。自分の研究分野で功績を挙げた先達に敬意を払うこと自体は殊勝な心がけなのですが、これもやりすぎると困ったものです。特に、「権威のある人が書いたものだから、分かりやすい文章のはずだ、正しい表現にちがいない」という思い込みは、論文を書く上で非常に危険です。実際のところ、執筆者に権威があろうがなかろうが、有名人であろうがなかろうが、悪い文章は悪い文章なのです。また、どれだけ多くの同業者が同じ表現を論文で使っていたとしても、間違っているときは間違っているのです。
文章の良し悪しは権威や多数決で決まるのではありません。
論文執筆の参考のために他人の論文を読むときは、とりあえず権威主義を横に置いておきましょう。大事なことは、自分の頭で考えること。そして、自分の直感を信じること。論文の著者がノーベル賞受賞者であったとしても、あなたが「何が言いたいのか意味が分からん」と思えば、それが本当の答えです。それは下手な文章なのです。
しかし、「自分の直感を信じろ」などと言われても、執筆経験の浅い人は心細くなるだけかもしれません。「自分の読解力が足りないから、分かりにくいだけなんじゃないか」と思い込む人も多いでしょう。もちろん英語論文を読むだけの英語力や専門知識がないというのであれば話は別ですが、そうでなければ、たぶんあなたの直感のほうが正しいと思います。たとえあなたが大学院生であったとしても、研究者コミュニティーの立派な一員なのです。自信を持って論文の良し悪しを判断してください。自分の感じたことを大事にしてください。それでも不安であれば、あなたの身近にいる研究仲間に意見を求めてみるとよいです。できれば、自分とは少し違う研究分野にいる友人に聞いてみましょう。あなたが分かりにくいと思った文章は、やはり他の人にも分かりにくいはずです。友人と意見が合えば、不安が解消され、少しは自信がつくと思います。
遠くの権威よりも、近くの仲間が大事なときがあるのです。