3.1.2. 構成レベル 症状その2:筋が通っていない
結論が1つにまとまっていても論文に筋が通っていなければ、読者を混乱させるだけです。筋が通っていない論文、つまり、ブレている論文というのは、当然ながら説得力に欠けます。これでは、読者に「分かった!」「おもしろい!」と思ってもらうことはできません。ブレた論文というのは、ただの政治家のマニフェストか、それ以下なのです。
科学論文には、絶対にブレてはいけない場所が2箇所あります。1つ目は、「なぜこの実験をやったのか」という動機を説明する部分。2つ目は、「データから何が言えるのか」という考察を書く部分です。少なくともこの2点において筋が通っていなければ、読者を納得させることはできません。説得力のないブレた論文に仕上がってしまうのは、おそらく、書き手がこれら2点について明確なアイデアやストラテジーもないまま論文を書き始めてしまったか、あるいは、アイデアやストラテジーがあっても書いているうちにそれらを見失ってしまったからでしょう。このようにならないためには、論文を書き始める前に論文の構成をカッチリと決めておく必要があります。論文構成にはいろいろな種類が考えられますが、科学論文の場合は、以下の「必勝の構成」だけを頭に入れておけば十分です。これをもとにしたアウトラインをはじめに作っておけば、IntroductionからDiscussionまで、ブレることなく一貫した主張を貫くことができます。最終的には英語のアウトラインを完成させることを目指しますが、慣れないうちは日本語で作成してもよいでしょう。
〜必勝の構成〜
パートI
1. 研究テーマは何か(ドン!)
2. これまでに分かっていること(チャチャ)
3. 何が分かっていないか(パッ!)
4. 分かるために何をしたか(ドン!)
パートII
5. 何が分かったか(チャチャチャチャ)
6. 何が言えるか(ドーン!)
私の勝手なイメージですが、リズムとしては、♪ドン、チャチャ、パッ、ドン、チャチャチャチャ、ドーン、となります。このうちパートIは「なぜこの研究をやったのか」、つまり研究の動機を説明する部分です。そしてパートIIは「データから何が言えるのか」をまとめる考察の部分です。
はじめにアウトラインを作る
論文を書き始める前に、まずはこの必勝の構成にしたがってアウトラインを作成します。やり方としては、それぞれの項目(1〜6番)について「ブレット・ポイント」(Bullet point)を書いていくだけです。基本的に、「ドン」と「パッ」のところ(1,3,4,6番)はなるべく一文でまとめて、「チャチャチャ」のところ(2,6番)は、重要なポイントを三文前後でまとめてください。以下に例を示しながら詳しく解説していきます。ちなみにこの例文は、私が添削指導をした学生の方からお借りしました。
1. 研究テーマは何か(ドン!)
Thrombopoietin receptor (TpoR) is an indispensable receptor that regulates megakaryocytopoiesis and platelet formation in response to its ligand, thrombopoietin (Tpo).
解説:研究テーマのThrombopoietin receptor (TpoR)というキーワードが入り、かつ、それが"indispensable receptor"なんだと、重要性もアピールできています。さらに後半の部分では、TpoRが何をする受容体なのかも簡潔に説明できています。「ドン!」と合図の花火が打ち上げられて、いよいよお祭りが始まる感じですね。とてもわくわくします。読者が一番初めに読む文ですから、短くて分かりやすい文を心がけましょう。
2. これまでに分かっていること(チャチャ)
・Mutations in TpoR result in an increased or decreased number of platelets, leading to various platelet disorders, such as essential thrombocythemia (ET) and primary myelofibrosis (PMF).
・Most of the clinically relevant mutations of TpoR are found in the transmembrane (TM) domain and juxtamembrane (JM) region of the receptor, suggesting that the TM-JM region may play a critical role in regulation of the TpoR activity.
解説:このセクションでは、これまでに分かっていることを「チャチャ」っと書くわけですが、何を書いてもいいというわけではありません。次のセクションの「何が分かっていないのか」につながる内容を書かなければなりません。また、前のセクションでは研究テーマについて教科書的な説明をざっくりしただけですが、このセクションではより具体的な情報を盛り込みましょう。具体的であればあるほど、説得力が増します。上の例では、「TpoRの中でも、そのTM-JM regionと呼ばれる部分が特に重要だぞ」ということをその根拠とともに簡潔に説明しています。
3. 何が分かっていないのか(パッ!)
However, the precise molecular mechanism by which the TM-JM region affects the TpoR conformation and the resultant receptor activity remains elusive.
解説:ここが論文において最も重要なポイントと言ってよいでしょう。Howeverから書き出すのもお決まりです。読者の注意を「パッ!」と喚起し、いよいよ本題に入っていくわけですね。前のセクションと同様に、ここにも具体性が求められます。上の文は私が添削した後のものですが、オリジナルの文は以下のようになっていました。
However, the detailed molecular activation mechanism of TpoR remains elusive.
「TpoRの詳細な活性化メカニズムは分かっていない」ということですが、具体性に欠けます。しかも、前のセクション(TM-JM regionへの言及)や次のセクション(何をやったか)とのつながりが見えません。このオリジナルの文と比較すると、添削後の文には、活性化メカニズムの中でも具体的に何を一番知りたいかという情報が盛り込まれていてベリーグッドです(自画自賛)。
4. 分かるために何をしたか(ドン!)
To better understand the role of the TM-JM region in activation/inactivation of TpoR, we focused on several constitutively active TpoR mutations that are located in the TM-JM region, and analyzed how these mutations affect the structure of TpoR as well as its downstream signaling by various biophysical approaches.
解説:前のセクションの「パッ!」を受けて、「ドン!」と解決策を提示します。問題を解決するための作戦を簡単に説明するところです。使った材料やテクニックなどを盛り込みます。何度もしつこいですが、ここも具体的に書くように心がけましょう。この文も、オリジナルでは以下のように具体性の欠ける文になっていました。
Therefore, we approached from the structural point of view to understand the activation mechanism of TpoR using biophysical techniques, such as a NMR.
やはりこの文でも、TpoRの活性化メカニズムの中でも何を一番知りたいのか不明です。また、生物物理学的アプローチを使うと宣言しているだけで、具体的な作戦が書かれていません。一方で、添削後の文では、TM-JM regionに変異が入った恒常的活性型TpoRに着目するという、論文の核となる作戦が上手く盛り込めています(また自画自賛)。
5. 何が分かったか(チャチャチャチャ)
・Our split luciferase complementation assay demonstrated that TpoR exists as a ligand-independent dimer (pre-formed dimer) and that this dimerization is enhanced by the constitutively active mutations.
・The pre-formed TpoR dimer does not seem to be mediated by a TM-TM interaction within the dimer because our sedimentation equilibrium analytical ultracentrifugation (SE-AUC) and deuterium magic angle spinning (MAS) NMR analyses could not detect self-interaction of the wild-type TpoR TM-JM peptide.
・On the other hand, the TM-JM peptides containing the constitutively active mutation possessed a strong propensity to undergo homodimerization, suggesting that TM-TM interaction within the receptor dimer may control a transition between active and inactive states of TpoR.
・Furthermore, our polarized attenuated total reflection Fourier transform infrared (ATR-FTIR) experiments revealed that the constitutively active mutations alter the tilt angle of the TpoR TM domain embedded in a lipid bilayer.
解説:このセクションでは、結論につながる重要な結果を3文か4文程度で「チャチャチャチャ」っとまとめます。どのようなテクニックを使って何が分かったかを簡潔に説明します。「あれも言いたい、これも言いたい」という衝動を抑え、できるだけ焦点をしぼり、1つの文で1つのメッセージを伝えるように心がけましょう。
また、事実(facts)と推論(speculation)をきちんと区別するようにしましょう。ここは結果を書くセクションですから、実験結果そのもの、あるいは実験結果から直接言えることを中心に書きます。推論でしかないことをあたかも事実かのように書いちゃうのはNGです。例えば、3番目の文でいうと、suggesting that….以下の部分が推論の部分になっていますが、これを以下のようにしてしまうとアウトです。嘘を書いていることになりますからね。
Our NMR analyses revealed that TM-TM interaction within the receptor dimer controls a transition between active and inactive states of TpoR.
これだと不正確ですし、不誠実ですよね。大胆なことを言いたい気持ちも分かりますが、ここは冷静に、自分のデータから直接言えることだけに焦点を当ててください。データがindicateするものと、データがsuggestするものというのは似て非なるものなのです。結果を書くセクションですから、あくまでもデータがindicateする内容が主役です。
6. 何が言えるか(ドーン!)
Based on these observations, we propose a novel, unprecedented receptor activation mechanism, in which ligand-induced TM helix orientation changes within a pre-formed receptor dimer facilitates a TM-TM interaction and the resulting re-positioning of the receptor-associated kinase.
解説:データ全てを総括した上で導き出せる結論を書くところです。笑ゥせぇるすまんの喪黒福造(もぐろ ふくぞう)のように「ドーン!」と読者を圧倒してやりましょう。結果を説明する前のセクションでは「虫の目」でデータを個別に見てきましたが、ここでは「鳥の目」で自分の研究全体を高いところから俯瞰し、ある程度generalな結論を導きたいところです。
また、研究全体から何が言えるかを書くだけでなく、そのアイデアがなぜ重要なのかも盛り込みましょう。上の例文では、novel(新しい)、unprecedented(前例の無い)という重要性を匂わせるキーワードがちゃんと入っていますね。そして、何度も何度もしつこいですが、ここもできるだけに具体的に書きましょう。上の例文ですが、添削前は以下のようになっていました。
We expect that our results are valuable towards developing a new drug for platelet disorders.
「我々の実験結果は新薬の開発に非常に役立つ」というわけですが、これはgeneralすぎる内容で、具体性に欠けています。自分のデータに直接関係なく、どんな医学研究からでも言えるような結論になってしまっているのですね。「鳥の目」で俯瞰すると言っても、地上が見えなくなるほど高く飛びすぎてはいけません。しかも、このオリジナルの文では、前のセクション「何が分かったか」でまとめた結果とのリンクが見えてきません。一方で、添削後の文は、新モデルの提唱という形で、上手く実験結果を総括することができています。
アウトラインを推敲する
1から6番までブレット・ポイントが書けたら、何度も見直し、必要に応じて書き直しましょう。特に注意しなければならないのは、パートI(なぜこの実験をやったのか)とパートII(データから何が言えるのか)において十分な説得力があるかという点です。論理の飛躍はないか、不必要な情報まで入っていないか、何度も点検する必要があります。この際、自分の研究室の同僚や、専門分野の違う研究仲間にアウトラインを読んでもらうとよいでしょう。アウトラインくらいの短さ(1ページくらい)であれば、きっと快く引き受けてもらえるはずです。また、それくらいの短さであれば、依頼された側も短時間で集中して読むことができ、的確なアドバイスをしやすくなります。一番やってはいけないのは、アウトラインをカッチリ決めないまま書いたヘナチョコ論文を丸ごと誰かに送って、「とりあえず読んでアドバイスくれ」とお願いしちゃうことです。私もたまにそのような依頼を受けますが、構成に問題のある長文を最初から最後まで読むのは正直苦痛ですし、添削の際も、どこから手をつけていいか分からなくなってしまいます(したがって、依頼者は的確なフィードバックを受けることができません)。アウトラインに欠陥があれば、それをいくら引き伸ばして長文にしたところで、その欠陥が増幅されるだけなのです。逆に、アウトラインに推敲を重ね、周りの人も納得するパーフェクトな論理構成を確立することができれば、あとは具体的な情報をさらに足してボリュームを増やすだけですから、以降の作業がずいぶん楽になります。何ごとも急がば回れ(Haste makes waste)。良い論文を書くためには、アウトライン作成に時間をかけることが大事です。
アウトラインができたら
論文の骨組みであるアウトラインができたら、これに肉付けをして論文を組み立てていきます。
まず、1から6番までの文をつなぎあわせれば、それだけでAbstractは完成です。もうお気づきかとは思いますが、実はAbstractというのは論文の構成そのものなのです。ただし、論文投稿先の雑誌の規定によっては手直しが必要な場合もあります。
次に、1から6番までの流れをそのまま採用し、その中でも特に2番(これまでに分かっていること)を主役にした文章を作れば、Introductionが出来上がります。
そして、5番(何が分かったか)に焦点を当て、実験方法と結果の詳細を追加すれば、Resultsの完成です。
最後に、5番(何が分かったか)のまとめと、6番(何が言えるか)にさらなる考察を加えれば、Discussionの完成です。
以上です。もちろん、これはこれで非常に難しい作業です。本文にどのような情報をどのような順番で追加すべきか、アウトラインで書いた内容をどのように言い換えるか、多くの難関が待っています。しかし、ここで強調したいのは、説得力のある完璧なアウトラインをはじめに用意することで、一貫して筋の通った論文を仕上げることができるという点です。逆に、骨組みとなるアウトラインがぐにゃぐにゃであれば、それにいくら肉付けしてもあまり意味がありません。ですから、執筆経験の浅い方は、肉付けの仕方を心配する前に、まずアウトラインを英語で書けるようになることを目指してください。説得力のあるアウトラインを独りで書き上げられるようになる頃には、論文すべてを書き上げられるくらいのライティング力がついているはずです。なお、当サイトでは、アウトライン(=Abstract)作成を練習課題とした論文添削講座を提供していますので、ぜひご検討ください。
〜まとめ〜
・ブレない論文を書くためのアウトライン作成
・いつでも使える必勝の構成
・簡潔かつ具体的なアウトラインを書く
・アウトラインの推敲をお忘れなく
・アウトラインに肉付けして論文を組み立てる