3.1.3. 構成レベル 症状その3:流れが予測できない
メロスは激怒した。
言うまでもなく、上の文は太宰治著「走れメロス」の冒頭の一文です。メロスと名乗る年齢も性別も不詳の人物が理由も述べずにいきなりぶちギレるわけですから、読者は面喰ってしまいます。この一文だけでは、今後のストーリー展開がまったく予想できません。もちろんこれは小説の中の一文であり、読者のドキドキ感を意図的に煽る効果があります。しかし、同じような話し方を日常会話(特に情報伝達を目的とする会話)ですれば、会話の相手を当惑させるだけでしょう。普段は意識していませんが、私たちは、会話の展開を先読みすることで、心地よいコミュニケーションを楽しむことができています。逆に、流れが予測できない話は聞き手にとってストレスになり、内容を理解するのに余計な集中力を使わせることになります。
同じことが論文でも言えます。例えば次の文章を読んでください。
The entire process of Agrobacterium-mediated genetic transformation is reminiscent of the retrovirus-mediated gene transfer. Agrobacterium does not export any proteins that function as an integrase. None of the known exported bacterial effectors has been clearly demonstrated to play a direct role in T-DNA integration. Agrobacterium most likely exploits the host factors to complete this process.
読んでいただけると分かると思いますが、上の文章は、流れが不明瞭で、ただ情報を羅列しただけに感じられます。しかも各文に情報がぎっしり詰まっていますから、読み手は一瞬たりとも気を抜くことができません。どの情報もなんだか大事そうだけど、どれが文章の主題なのか分からない。とにかく読者は、文章のbig picture(全体像)が見えてくるまでじっと我慢するしかなさそうです。かと言って、最後まで読んだところで何が最も重要なメッセージなのか見えてきません。
このような文章を私は、「死んだ文章」と呼んでいます。
こういった文章の書き方は、十分な情報を盛り込んでいたとしても、読者を疲れさせるだけです。これでは到底、読者に、「分かった!」「おもしろい!」と思わせることはできません。
一方で、次の文章だとどうでしょうか。
The entire process of Agrobacterium-mediated genetic transformation is reminiscent of the retrovirus-mediated gene transfer. However, unlike retroviruses, Agrobacterium does not export any proteins that function as an integrase. Moreover, none of the known exported bacterial effectors has been clearly demonstrated to play a direct role in T-DNA integration. Therefore, Agrobacterium most likely exploits the host factors to complete this process.
こちらの文章とオリジナルの文章との違いは、2文目以降の文頭に付け足した、"However, unlike retroviruses"、"Moreover"、"Therefore"の3つのフレーズ・単語だけです。文章全体の情報量はまったく変わっていません。しかし、これらの表現を加えただけで、文章に生命が吹き込まれたように感じられないでしょうか。文章のbig pictureも、オリジナルと比べて鮮明になり、ストーリー展開を予測しながらストレスなく最後まで読むことができます。
これら、"However"や"Therefore"をはじめとする単語やフレーズを、Transition wordsと呼びます。
Transition wordsは、いわば文章の道しるべであり、文章の流れを読者に前もってお知らせする機能をもっています。例えば、上の文章では、"However, unlike retroviruses,"という道しるべが文頭にあることで、読者は、「ああ、前の文ではAgrobacteriumとretrovirusは似ていると言っていたけど、この文では逆に相違点を説明するのだな」と心の準備をすることができます。また、"Moreover"とくれば、その文が前文とは並列の関係にあることが分かり、さらに、"Therefore"を目にすれば、その文章の結論が今から述べられることが予測できます。このように、Transition wordsは、論文の流れを読者に予測させる上で不可欠な要素なのです。
さらに、Transition wordsは、文にゆとりをもたせ、読者の疲れた頭を一瞬だけ休ませる働きもします。"However"や"Therefore"あるいは"Although"や"Compared with xxx,"などなど、おなじみの単語やフレーズを目にすると、人間の脳はリラックスできるのです。この点は、科学論文を書く際に特に大事です。科学論文は、どの文も重要かつ専門的な情報で満たされており、大量の情報を処理しなければならない読者を疲れさせてしまうものです。だからこそ、Transition wordsを効果的に使って、読者の脳をときどき休ませてあげることが必要なのです(ウェブ上にはこちらのサイトをはじめ、Transition words/phrasesをまとめたリストがいくつもありますから参考にしてみてください)。
川の流れのように
Transition wordsを使う以外にも、文章の流れを分かりやすくするためのポイントがあります。それは、自然な流れに逆らわずに書くことです。例えば、動的な現象を説明する場合であれば、その現象の中の各ステップを時系列に説明するのが素直なやり方です。以下に例を示します。この文章は、アグロバクテリウムという土壌細菌がどのように植物細胞に感染して腫瘍を作るかを時系列に説明したものです。
Agrobacterium tumefaciens perceives phenolic compounds exuded from plant wound tissues and activates the expression of several effectors, termed virulence (Vir) proteins. Some of these factors mediate the generation of a single-stranded copy of T-DNA (T-strand) and its transport into the host cell through a type IV secretion system. In addition to the T-strand, several Vir proteins are also translocated into plant cells. These exported effectors, together with multiple host factors, facilitate the nuclear import of the T-strand and its subsequent integration into the host genome. Finally, genes involved in auxin and cytokinin biosynthesis are expressed from the integrated T-DNA, leading to abnormal cell proliferation in the infected tissues and the formation of tumors.
また、物の構造や状態など、静的なものを説明するときは、高次元から低次元へ、あるいは大きなものから小さなものへと、階段を下りるように順番に説明していくと分かりやすいでしょう。以下の例は、ヒストン修飾について説明したものです。この文章で最も伝えたいメッセージは一番最後の文で、つまり、「DNA2本鎖切断修復にはヒストン修飾が関わっている」ということです。しかし、いきなり「ヒストン修飾」と言っても分からない読者がいることを想定して、ここではクロマチンから話を始めています。クロマチン→ヌクレオソーム→ヒストン→ヒストン修飾、という風に階段を下りていくわけですね。
Chromatin structure and modifications play an indispensable role in a wide range of cellular processes, including DSB repair. The basic unit of chromatin is a nucleosome, in which 147 bp of chromosomal DNA is wrapped around a protein octamer core composed of histones H2A, H2B, H3 and H4. Each histone molecule contains an N-terminal tail domain, which is susceptible to a variety of post-translational modifications, such as phosphorylation, methylation, acetylation and ubiquitylation. Recent studies have shown that several types of histone modifications are essential for the DSB repair response.
これらの例のように、自然な流れ(つまり読者が期待している流れ)に沿って文章を書くと、読みやすい文章に仕上がります。
「のりしろ」で文と文をつなぐ
文章の全体的な流れを予測しやすくするのと同時に、文章の流れを途切れさせないように工夫することも重要です(*)。そのためには、文と文をつなぐ「のりしろ」を作り、文がその前後の文とどのように関連しているのかを明確にしなければなりません。イメージとしては次の図のようになります。
(*ただし、意図的に文章の流れを断つことで、意外性を狙ったり、読者の注意を喚起する上級者用テクニックもあります)
新しい情報をいきなり出しても読者は慌てふためきますから、既出の情報をのりしろとして文中に置いておくのです(文頭に近いほど効果的)。このようなのりしろがあることで、読者はそれを手がかりに、新しい情報を芋づる式に自分でたぐり寄せることができます。のりしろの作り方には、1)指示語(thisやitなど)を使う、2)前文で出てきたキーワードをそのまま使う、3)前文で説明した事柄を短いフレーズで言い換える、などのやり方があります。以下に例を示します。下線を引いた部分がのりしろに相当するものです。
@Diverse pathogens have evolved virulence factors that mimic host cell functions. AThis molecular mimicry, presumably acquired through either divergent or convergent evolution, is indispensable for pathogens to exploit or subvert the host cellular processes for efficient infection. BA fascinating example of the molecular mimicry is pathogen-encoded F-box proteins. CAs a component of the SCF (SKP1-CUL1-F-box protein) ubiquitin ligase complex, F-box proteins mediate polyubiquitination of target proteins and the subsequent proteasome-dependent protein degradation in eukaryotic cells. DSurprisingly, an F-box-coding gene was also found in Agrobacterium tumefaciens, a bacterial pathogen that causes neoplastic growths and crown gall disease in plants. EGiven that prokaryotes possess neither the ubiquitin/26S proteasome system (UPS) nor the functional SCF ubiquitin ligase complex, the Agrobacterium-encoded F-box protein presumably does not function in the bacterial cell. FRather, it has been shown that Agrobacterium translocates this F-box effector into plant cells and hijacks the host SCF complex to facilitate bacterial infection. GSince this discovery, similar F-box-like effector proteins have been described in many other viral and bacterial pathogens, including a human pathogen Legionella pneumophila.
例えば第2文冒頭の"This molecular mimicry"は、前文の内容丸ごと("Diverse pathogens have evolved virulence factors that mimic host cell functions.")を端的に別のことばで言い換えて作ったのりしろです(ちなみに、前文にあるmimicという動詞が、第2文ではmimicryという名詞に変化していることに注目してください。このように、前文で出てきた動詞を名詞に変化させてrephraseするやり方を覚えておくと便利です)。
また、第3文の"the molecular mimicry"や、第4文の"F-box proteins"などは、前文で出てきたキーワードをそのまま使ったのりしろです。
さらに、第7文の"this F-box effector"は、前文で出てきたキーワードに指示語を足したのりしろで、第8文の"this discovery"は、前文の内容を言い換えた単語に指示語を足したものです。
Thisやitなどの指示語を使うとき注意しなければならないのは、その指示語が指す内容が一目瞭然でなければならないという点です。例えば、以下の文章を読んでください。
JAK2 is a relatively large protein composed of 7 Janus homology domains (JH1-7). The JH1 domain is a kinase domain that has two conserved tyrosine residues in its activation loop. It is closely related to the kinase domain of the receptor tyrosine kinases that belong to the epidermal growth factor family.
読んでいただけると分かると思いますが、下線を引いた"It"の指すものがJH1 domainなのかJAK2なのか、あるいはactivation loopなのか不明瞭です。このように、指示語を単独で使うと誤解を招く可能性があります。ここでは、this domainとかthis protein kinaseなどと、もう少し情報を補った上で指示語を使うとよいでしょう。
〜まとめ〜
・ストーリー展開の予測できる論文が良い論文
・Transition wordsを使って、流れが分かりやすい論文にする
・時系列あるいは高次元から低次元へ、自然な流れを意識する
・文章の流れを断たないように、「のりしろ」を使う