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4.4. 英英辞典を利用しよう

以前、知り合いの先生に、"essential"と"required"のニュアンスの違いについて質問されたことがあります。「重要性を表す単語として、essentialだと強すぎるし、逆にrequiredだと消極的でインパクトが足りない気がするのだけど、こういう感覚であってるか」とのことでした。

結論から言うと、この感覚は間違いで、ほんとうはessentialもrequiredも同じぐらい強い単語です。例えば、"Gene X is required for brain development."という文は、「遺伝子Xは脳の発生になくてはならない」「遺伝子Xがなければ脳の発生はまったく起きない」といったニュアンスになります。消極的な表現どころか、重要性を最大限にアピールする表現です。あまりにも強い単語なので、時には、"Gene X is required for proper brain development"(遺伝子Xは正常な脳の発生に必要である=遺伝子Xがなくても脳の発生はとりあえず起きる)というふうに表現を和らげる必要があるくらいです。

requiredのもつニュアンスに関してこのような誤解が生じたのは、おそらく「required=必要である」という風に2つの単語を頭の中でがっちりリンクさせてしまっているからでしょう。確かに、日本語の「必要である」のもつニュアンスは、「不可欠である」というほどには強くない気がしますね。また、「絶対に必要だ」という強調表現があるくらいですから、やはり、「必要である」の重要度・緊急性はまだ最大ではないのでしょう。

一方で、英英辞典を引くと、requiredの語義は次のようになっています。

required: officially compulsory, or otherwise considered essential; indispensable (http://oxforddictionaries.com/?region=us Oxford Dictionariesより)

compulsory(強制的、義務的)という単語が目を引きますね。これだけでも、requiredという単語のシビアさが伝わってきます(もちろん、compulsoryという英単語のニュアンスを取り違えていれば元も子もないんですけどね)。そして、requiredが、essentialとindispensableと同程度に強い表現であることも確認できます。

このように英英辞典を使うと、これまで自分が思い込んできた英単語のニュアンスが、本来のニュアンスから少しずれていることに気づかされることが往々にしてあります。特に、requiredのように誰でも知っている中学生レベルの単語ほど、そのニュアンスを勘違いしているケースが多いのです。

他にも例を挙げましょう。今度は、difficultの語義を英英辞典で調べてみました。

difficult: needing much effort or skill to accomplish, deal with, or understand (http://oxforddictionaries.com/?region=us Oxford Dictionariesより)

こちらも中学生レベルの英単語です。「difficult=難しい」という意味ですね。しかし、日本語における「難しい」には、場合によっては、「不可能だ」というニュアンスもあります。例えば、会社の取引先で、「それは難しいですねぇ」などと言われれば、「あなたの要求していることは不可能です。はい、サヨナラ」という意味です。一方で、英語のdifficultにはそのようなニュアンスはありません。"needing much effort to accomplish"ですから、「達成するには非常な努力を要する」ということで、言い換えれば、「努力は必要だけど、頑張ればできないことはない程度に難しい」ということなんですね。

こんな感じで、英和辞典だけでなく英英辞典も参考にすると、意外な発見をすることがあって楽しいです。英語論文を書く上で直接的に役立つことではありませんが、英語のセンスを磨くために英英辞典を使う習慣をつけてみてはどうでしょうか。ちなみに、下で紹介した「ネイティブに通じる英語の書き方」という本でも、英英辞典を使うことが推奨されていました。その中では「英和辞典の引き過ぎに注意しましょう」とまで書かれていました。著者の伊藤サムさんが所属されているジャパンタイムズ(英字新聞)の編集局内には、英和辞典は1冊しか置いていないけれども、英英辞典は多数あってどれも使い古されてボロボロになっているみたいですね。英語のプロが使い込むほどの辞書なのですから私たちも使って損は無いでしょう。

(ただし、言語学者の鈴木孝夫先生もおっしゃっているように、ことばの意味と定義は違います。英英辞典に書いてあるのも所詮、ことばの定義でしかありません。英英辞典を使ったところで、ニュアンスを含めたことばの真の意味を体得できるわけではないので注意してください)

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