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4.7. フランス語に学ぶ、冠詞のニュアンス

日本人にとって非常に厄介な冠詞の問題。論文を書いている時に、名詞に"a"をつけるべきか、"the"をつけるべきか、あるいは複数形にすべきか、その選択に迷うことは日常茶飯事です。英語に自信がある人でも「冠詞はちょっと…」という人は少なくありません。私もつい最近までそうでした。ところが、大学院時代に趣味でフランス語を勉強している中で、冠詞の持つ本来の意味について体得することができたのです。

日本人にとって冠詞が難しい理由のひとつはズバリ、学校での教え方がマズイからだと思います。学校で英語の冠詞について習う際は、まず不定冠詞の"a/an"の使い方を学んで、その次に定冠詞の"the"の使い方を順番に学んでいきますね。冠詞というカテゴリーの中に、定冠詞と不定冠詞という2種類のクラスがあり、それらは互いに並列的な関係にある、そんなイメージですね。だから、不定冠詞を使うか、定冠詞を使うか、あるいは複数形にするか、それは選択の問題なんだ、と多くの人は思い込んでいるわけです。

しかし、この解釈は正確ではありません。実は、「まず定冠詞ありき」なのです! すべての名詞には元来、定冠詞の"the"がついている(た)のです。定冠詞のついていない名詞は、定冠詞をつけないという選択をしたのではなくて、元々ついていた定冠詞を省略しているだけです。この点は、フランス語やイタリア語をちょっとかじれば容易に理解できます。フランス語では、すべての名詞にまず定冠詞の"le"(男性名詞の場合)か"la"(女性名詞の場合)あるいは"les"(可算名詞の場合)がつきます。普通名詞でも固有名詞でも抽象名詞でも基本的に関係ありません。日本はle Japon、フランスはla France、子供はles enfants、愛はl'amour (le+amourの短縮形)です。名詞自体はただの概念にすぎず、その前に定冠詞を置くことで初めて名詞に生命が吹き込まれます。言い換えると、名詞は定冠詞があってこそ存在できる、ということです。ここでの定冠詞を別の単語で置き換えるとしたら、"only"あるいは"all"になるでしょう。世界に1つしかない物を表す名詞や不可算名詞の前につく定冠詞の意味は"only"です。会話や文章の中で既出のもの、あるいは話の流れから自明のものを表す時に使う定冠詞も"only"の意味があると考えてよいでしょう。一方で、世界に複数ある可算名詞の前につく定冠詞の意味は"all"になります。いずれにせよ、定冠詞をつけることで世界全体に存在するすべての物・現象をまとめて指し示そうというのがフランス語での定冠詞の考え方です。

フランス語での不定冠詞は、このle, la, lesの定冠詞をつけた名詞の状態を起点にしています。まずは、可算名詞である「子供」(enfant)の複数形を考えてみましょう。世界全体に存在する「すべての子供」を示すのがles enfantsでした。これを複数形で用いる場合は、des enfantsとなります。この"des"が不定冠詞で、その実体はde + lesの短縮形です。フランス語の"de"は英語の"of"に相当しますから、des enfantsを英語に直訳すると、"of the children"となるのです。ハイ、ここでピンと来た方は勘がいいですね。「複数の子供たち」を意味するdes enfantsは、「世界全体に存在するすべての子供(les enfants)の一部」だということです。

数えられない名詞の場合でも同様です。例えば、パンは不可算名詞で、le painが世界全体に存在するすべてのパンを指します。その一部を表す時は、du painです。このduは部分冠詞というもので、de + leの短縮形です。したがって、du painとは"of the bread"という意味で、「世界全体に存在するすべてのパン(le pain)の一部」を指します。このようにすべての名詞は、定冠詞をつけた状態を起点にしているのです。

私は言語学者ではないので、フランス語での冠詞の解釈をそのまま英語にも適用できるかは知りません。しかし、このように解釈することで、英語論文を書く際に冠詞で悩むことは少なくなりました。「すべての名詞にはまず"the"がついていて、それを省略できる場合と省略しなければならない場合がある」こう考えると、難解な冠詞の問題もクリアになります。「まずは定冠詞ありき」です。定冠詞を省略するかしないかであって、決して定冠詞・不定冠詞・複数形の中から適当なものを選択しているわけではない、ということを覚えておいてください。

問題は、どういう時に定冠詞を省略すべきか(できるか)ですが、これについてはまたいずれどこかで解説したいと思います。

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